自殺未遂を通して。

自殺未遂

 19歳の11月6日、本気で死のうとした。理由はいろいろあるけれど言語化したくないのでここはスルー。多分、生きるのにも死ぬのにも理由はいらない。自分は普通の人間だった。死んだら家族はそりゃ悲しむし友達も悲しむかもしれない。でもそんなのは当たり前だ。誰だって死んだら家族や友達ぐらい悲しむ。でもそれは自殺を止める理由になんてなるはずもない。私はそんな「死んだら家族が友人が悲しむ」であろう普通の人の一人でしかないから。

クズ人間

 死ねなかったことなんかよりも自分にとって一番気がかりなのは死ぬ前に良く絡んでいたネットの友達だ。私は何の言葉も残さずいきなりTwitterアカウントを削除し、同時にディスコードやLINEでの連絡も未読無視を決め込んだ。やばい。終わってる。心配の言葉に生存報告すらもしないなんて。その人たちからはどんなに嫌われても文句は言えない。今も本当に申し訳なくて気がかりなのだが今後も返すことはできないだろう。

その後

 自殺未遂をしたあとは一度大学を休み実家に帰った。母に事の次第を話した。父には詳しく話していないが何かを察して黙認してくれていた。さて、こうして生き延びてしまったわけだが、なんだか不思議な気分だ。自殺未遂の後すっきりした人や前向きになれる人も一定数いるそうだが、私にその類の感情はなかった。第二の人生を歩み始めたなんて大層な考えには微塵も至らなかった。現実は残酷だ。自分の中では壮大に思考を巡らせ今までで持ったことのない強い覚悟と意思をもってことに及び、その結果失敗して将来のことなどずっと頭を使って考えたが、時間は当たり前のように淡々と過ぎていくのだ。自殺未遂を経て何とも言えない絶望感と虚無感に包まれているときでも学校の先生から「最近授業来てないね、そろそろ単位落とすかもしれないよ」という連絡が来たり、ご飯に誘われたり。自分と周りの時間の進みが本当に同じなのかを疑った。でも、淡々と時が流れていったのだ。実家にいた間、僕は不登校だったときのことを思い出した。あの時も確か、自分は学校にいけないのにみんなは普通に通っているんだと、どんどん開く同級生との差につらくなったり劣等感で打ちひしがれたりしてたっけなと。そんな思考はもうだいぶ何年も繰り返して、考えないようにしていたのか、はたまた諦めがついたのか、理由はわからないけれどあまりつらくも感じなくなったのに、なぜか自殺未遂したあとの数日は不思議とそんな昔の感じが蘇っていた。

 

今の気持ち

 「あの時死ななくてよかった」、自殺未遂者はわりとこの言葉を言うらしい。まあどのくらいの割合かはわからないけど。でも私はそんなことを思ったことはない、むしろあの時死ねていればな、と自分の勇気のなさを悔いてしかいない。もちろん自殺未遂のあとに楽しいことはあった。二十歳の誕生日を迎え初めて飲みに行ったり、ワールドカップでスペインに勝ったりして楽しいことはいくつかあった。でもそれらの体験をした喜びよりなぜか死が恋しいのはなぜだろうか。

 「そんなもんかな」。私の今の気持ちはこれが近い。私は鬱病になってから決定論という考え方に惹かれるようになった。決定論を簡単に説明するとすべてのことはあらかじめ決定されている、我々の考えや行動も一見自由なようだがそれらも含めすべてがすでに決まっていることであるという論理だ。多分私がこの考えに惹かれたのは自分が辛くならないから、今自分がこんな人間になってしまったのが自分のせいじゃないと肯定してくれている気がしたからだろう。そんなもんなんだ。人生なんてのは。今こうして後から見返すと恥ずかしくなるような記事を書いていることも、達観したように人生を語っているところも、それに嫌気がさしている自分も、全部全部そんなもんなんだろう。何を思っても、どれだけ自分を肯定しても否定しても、そんなもんなんだ。というか、「そんなもん」じゃないと酷過ぎるだろ。俺は大した人間ではないけど、こんな惨めで生き地獄を味わうほど悪いことなんてしてない。

 

事故にでも遭わねえかなぁ、誰か殺してくれえないかなぁ、隕石落ちてこねえかなぁ。そんなことを思いながら、今日もゲームして、ご飯食べて、課題して、寝て、淡々と時間が過ぎ去っていく。